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東京地方裁判所 昭和35年(ワ)778号 判決

原告 大八木喜代治

被告 東京都大田税務事務所長 東京都知事 外一名

主文

一、原告の被告所長に対する差押処分無効確認請求を棄却し、同被告に対する差押処分の取消しを求める訴えを却下する。

二、原告の被告知事に対する公売処分の無効確認請求および取消し請求をいずれも棄却する。

三、原告の被告豊田に対する請求を棄却する。

四、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者双方の申立て

一  原告の申立て

(一)  被告東京都大田税務事務所長(以下単に被告所長という。)に対し

A 本位的請求

被告所長と原告との間で、同被告が別紙目録記載の土地につき昭和三四年九月一一日にした差押処分は無効であることを確認する。

B 予備的請求

被告所長が別紙目録記載の土地につき昭和三四年九月一一日にした差押処分を取り消す。

(二)  被告東京都知事(以下単に被告知事という。)に対し

A 本位的請求

被告知事と原告との間で、同被告が別紙目録記載の土地につき昭和三四年一一月三〇日にした公売処分は無効であることを確認する。

B 予備的請求

被告知事が別紙目録記載の土地につき昭和三四年一一月三〇日にした公売処分を取り消す。

(三)  被告豊田政一郎(以下単に被告豊田という。)に対し

1 被告豊田と原告との間で、別紙目録記載の土地が原告の所有であることを確認する。

2 被告豊田は、原告に対し、別紙目録記載の土地につき東京法務局大森出張所昭和三四年一二月三日受付第三九三二三号をもつてした同被告のための所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。

(四)  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  被告らの申立て

(一)  被告所長の申立て

(1)a 第一次的申立て

被告所長に対する訴えをいずれも却下する。

b 第二次的申立て

被告所長に対する差押処分の無効確認請求を棄却し、差押処分の取消しを求める訴えを却下する。

c 第三次的申立て

被告所長に対する請求をいずれも棄却する。

(2) 訴訟費用は原告の負担とする。

(二)  被告知事の申立て

(1)a 第一次的申立て

被告知事に対する公売処分の無効確認請求を棄却し、公売処分の取消しを求める訴えを却下する。

b 第二次的申立て

被告東京都知事に対する請求をいずれも棄却する。

(2) 訴訟費用は原告の負担とする。

(三)  被告豊田の申立て

(1) 原告の請求を棄却する。

(2) 訴訟費用は原告の負担とする。

第二請求の原因

一  被告所長は、原告が都税を滞納したことを理由に昭和三四年九月一一日に原告所有の東京都大田区入新井六丁目五八番の一宅地三六〇坪二合三勺(この土地については土地区画整理のための仮換地として東京都大田区入新井六丁目五八番の一宅地二六五坪五合五勺が指定されていたので、以下においては三六〇坪二合三勺の土地を本件従前の土地という。)を差し押え(以下、単に本件差押処分という。)、同年同月一四日その登記を了した。

次いで、同被告は、同年一〇月二九日、本件従前の土地につき、都税徴収金滞納処分による差押えを代位原因として、代位債権者東京都名義をもつてこれを(イ)東京都大田区入新井六丁目五八番の一宅地二一七坪四〇(ロ)同五八番の三宅地七五坪七〇(仮換地積五三坪二一)(ハ)同五八番の四宅地三六坪九四(仮換地積二六坪〇四)(ニ)同五八番の五宅地三〇坪一九(仮換地積二一坪八三)の四筆(以下においては、これらの土地を単に五八番の一、五八番の三のように表示する。)に分筆し、その旨の登記を了した。

被告知事は右(ロ)の土地すなわち別紙目録記載の土地(以下、単に本件土地という。)を、昭和三四年一一月三〇日公売処分に付し、被告豊田がこれを落札し、同被告はその所有権を取得したとして、東京法務局大森出張所昭和三四年一二月三日受付第三九三二三号をもつて同被告のための所有権取得登記を了した。

二  しかしながら、被告所長がした本件差押処分には、次に述べるような重大かつ明白なかしがあつて、同処分は無効なものであり、少なくとも取り消されるべきものである。

(一)  過大差押えの違法

租税滞納処分における財産の差押えは、地方税法第四八条第一項等により、都税滞納処分において準拠すべき国税徴収法逐条通達(昭和三〇年一二月二八日国税局長宛国税庁長官通達)にも明示されているように、税金の徴収に必要と認められる範囲で行われなければならず、したがつて、差し押えるべき財産の価格が徴収すべき当該税金額を著しく超過しないように留意すべきである(旧国税徴収法第一〇条関係前記通達二〇参照)とともに、滞納税額に比し当該不動産の価格が著しく過大である場合は、当該不動産を分割または区分してその一部を差し押えるべきである。(同法第二三条の三関係前記通達四六参照)。ところで、本件滞納処分により取得すべき金額は、(イ)都税および滞納処分費五一六、五二五円(ロ)大森税務署長交付要求額六五、七八五円(ハ)大田区長交付要求額三一、四九〇円合計六一三、八〇〇円であり、これに、原田茂が本件従前の土地に抵当権を有する結果、右徴収金に優先する同人の債権の元本残額一〇〇、〇〇〇円と損害金二〇〇、〇〇〇円余を合せても概算一、〇〇〇、〇〇〇円に過ぎない。

したがつて、被告所長としては、右金額に見合う程度に本件従前の土地を分割し、または区分したうえ、差押処分をすべきであつたにかかわらず、漫然右一〇〇万円より、はるかに高価格の本件従前の土地(その仮換地の価格は、三井不動産株式会社の評価書によれば坪当り二六、〇〇〇円であるから合計六八九万円となり、被告豊田の落札価格坪当り三七、〇〇〇円強により計算すると合計九八〇万円余となる。)全部を差し押えている。かかる過大な差押処分は、差押え本来の趣旨目的の範囲を著しく逸脱した違法なものであり、そのかしは重大かつ明白であるから無効であり、少くとも取り消されるべきものである。

(二)  分筆処分の違法

被告所長は、前記のように、本件差押処分後に本件従前の土地を四筆に分筆しているのであるが、右分筆処分は本来なら差押処分をする前になさるべきものであるから、右分筆処分のかしは本件差押処分のかしとしてそれを違法無効たらしめるものであるところ、右分筆処分は次に述べるように違法無効なものである。

(1) まず、本件分筆処分は差押処分前になされるべきであつたのに、差押処分後になされた点で違法である。

(2) 次に、本件差押土地のうち一部のみを公売すれば足る場合には、必要部分についてのみ分筆手続をすれば十分であるのに、公売対象とした本件土地七五坪七〇の分筆手続にとどめず徴収見積価格をはるかに超えた価格の三六〇坪二三全体を勝手に四筆に分筆した。

のみならず、被告所長は原告と何らの打合せもせず秘密のうちに右分筆をしたのであるが、原告は、当時本件公売土地上に存在する建物につき、その所有者であつた斉藤長五郎およびその賃借人らを相手として訴訟を提起し係争中であつたので、右土地を滞納処分から除外し、高橋鉄雄が原告から借り受けている部分を公売するようにしてもらいたい旨申し入れるなどして被告側の税務関係者、測量関係者に事情を説明しており、右高橋の使用部分を公売することを右関係者が一旦承諾した事実があるのである。そして、滞納処分に当り、納税者が他に財産を有し、これを公売されたい旨を申し出た場合には、その意思と利益を尊重すべきことは確立された慣行であるのに、本件においてはこれが全く無視されているのであつて、その不当性は明らかである。

このようなことは、行政庁の有する裁量権の範囲を逸脱した処分であり、その処分のかしは重大かつ明白である。

(3) しかも、本件分筆処分は、次に述べるように偽造文書や実測に基づかない測量図によつてなされているから、この点からみても違法である。すなわち、

(イ) 前記のように、本件差押土地については、区画整理が進行中で、仮換地の指定がなされているが、一般に仮換地の指定がなされている場合には、分筆手続は従前の土地につき行なわれるにせよ従前の土地の分筆土地が仮換地上のどこに当るかを特定しなければならず、それには仮換地の実測が必要である。したがつて、仮換地上の分筆対象土地につき新たに作られた実測測量図があるときは、これによるか、または分筆対象土地が所有権にあらざる権利の対象となつていてすでに区画整理事務所に届け出られその届出書に添付されている実測測量図があるときはその実測測量図により、分筆対象土地をまず仮換地上において特定し、これを区画整理事務所に提出して同事務所より仮換地上の分筆対象土地に対応する従前土地の分割図の内定をうけこの分割図を添付して法務局に従前の土地の分筆申告をするという手順が必要である。この手続によりはじめて従前の土地が分筆され、この分筆土地に対応した仮換地上の土地が事実上定められることになるのである(ただし、後述のように、仮換地指定変更処分がされないと法律的には特定しない。)。

(ロ) しかるに、本件分筆処分は、分筆に当り、一部仮換地が実測されないままなされた違法がある。すなわち、五八番の四および五八番の五については、現実の使用区分に従つた実測がなされているけれども、五八番の一および五八番の三(本件土地)については実測することなく、区画整理事務所に提出された偽造の権利異動届に添付されている虚偽の測量図に基づいて作成された同事務所保管の仮換地分割図をそのまま転写して、区画整理事務所に提出し、仮換地上の分筆対象土地に対応する従前の土地の分割図の内定をうけている。したがつて、結局五八番の一および本件土地については、ついに実測されないまま、偽造文書に基づいて仮換地上の位置面積が定められ、それに基づいて本件分筆処分がなされたのである。これをふえんすると、区画整理事務所には分筆後の五八番の一に該当する仮換地上の部分は原田茂、田村剛、大八木進の借地として届け出られているが、右五八番の一の土地のうち大八木進の借地部分として届け出られた権利異動届はその届出書の名義人である土地所有者原告、旧権利者原田茂および新権利者大八木進のいずれもが全く関知しない偽造文書であり、捺印印鑑も全部偽印であつてしかも現実の使用区分とは合致しない内容虚偽のものである。右大八木進はたしかに原告より借地してその上に家屋を所有しているが、そこは右届出書に示されている部分ではなくその隣である。また、本件土地である五八番の三は区画整理事務所には小久保六一の借地として届け出られているが、同人に借地権を移した旨の同事務所に対する権利異動届は、その届出名義人たる原告はもちろん旧権利者である原田茂、新権利者小久保六一のいずれもが全く関知しないもので捺印印鑑も全部偽印の偽造文書である。しかも、右届出書の土地の表示には面積が五三坪〇〇となつているが、右の数字は原告のはじめて知つた数字であつて、右権利異動届が現実の使用区分を無視した内容虚偽の偽造文書であることは明らかである。

右のとおり、五八番の一および五八番の三の土地については、実測しないで現実の使用状況に合致しない内容虚偽の権利異動届により仮換地上の分割図を勝手に作り、本件分筆処分をしているのであつて、このような分筆処分は違法無効である。

三  次に被告知事のした本件公売処分は、次に述べるように、重大かつ明白なかしがあつて無効なものであり、少くとも取り消されるべきものである。

(一)  本件差押処分ないし分筆処分の違法

前に述べたように、本件差押処分は、違法であるから、これを前提とする本件公売処分は違法無効であり、少くとも取り消されるべきである。

なお、かりに前記分筆処分の違法が本件差押処分の違法事由たりえないとしても、本件公売処分の違法事由となることは明らかであるから、この点からみても本件公売処分は無効、少くとも取り消されるべきである。

(二)  公売土地の不明確

(1) 本件従前の土地三六〇坪二三については前述したように仮換地として二六五坪五五が指定されているのであるが、右従前の土地について分筆された本件土地につき、それが右仮換地のいずれの部分に該当するものであるかにつき何らの指定部分もない。

(2) しかし、区画整理進行中の土地について公売処分をするには、落札による所有権移転登記は従前の土地について行なわれるとしても、落札人の意図は従前の土地に対応する仮換地上の使用収益権の獲得にあることは当然であるから、公売処分をするには、まず従前の土地に対応する仮換地が明確になつていなくてはならない。そして、このことは、仮換地の指定をうけた従前の土地を分筆して公売する場合においても同じであり、分筆に対応して仮換地指定の変更処分をし、分筆土地に対応する仮換地を指定したとき、はじめて分筆土地が仮換地上に特定するものであり、右仮換地指定の変更処分がない以上、公売処分の対象は特定を欠くものといわざるを得ない。したがつて、この点からも本件公売処分は無効である。

(三)  公売手続の違法

本件公売手続は、次のような違法があるから、無効ないし取り消されるべきである。

被告知事は、本件公売処分を実施するに当り、昭和三四年二月一四日公売公告をしたが、それには公売不動産の表示として「東京都大田区入新井六丁目五八番の三、七五坪七〇実測五三坪二一」と記載され、また右公告と同時に東京都主税局徴収部第一課長名義をもつて原告に送達された「公売執行について」と題する書面および同年一一月三〇日付の被告知事名義の落札決定書には、公売財産の表示としては単に「東京都大田区入新井六丁目五八番の三宅地七五坪七」とのみ記載されて右のような実測坪数の記載はなくまたは同年一二月一七日原告に送達された東京都主税局徴収部長名義の「公売代金充当計算書の送付ならびに充当残余金の交付について」と題する書面には、右登記簿上の表示のほかに実測坪数五三坪二一が表示されている。しかし、右の公告や各文書のうち登記簿上の記載のみにより不動産の表示をしているものは、それのみによつては本件公売土地が本件差押土地の仮換地のいずれの部分に該当し、その価格がどれほどかということが全くわからないから、このような表示は違法というべきであり、また実測坪数なるものの表示は、本件公売土地につき仮換地指定変更処分がないこと前述のとおりであるから、その根拠のないものである。

以上のように、本件公売手続に関する前記公告や文書の記載はいずれも違法であるから、本件公売処分は無効であり、少くとも取り消されるべきである。

(四)  不当高価物件の公売

本件公売処分は、滞納金徴収のために必要な限度を越えて不当に高価な物件を公売した違法がある。

前記のように、被告知事が本件公売処分により取得すべき必要金額は優先私債権を含め全部で約一、〇〇〇、〇〇〇円程度に過ぎないのにかかわらず、同被告は優先私債権について十分な調査をしないまま本件土地を最低公売価格一、九六八、二〇〇円と定めて公売に付し、現に被告豊田が一、九七〇、〇〇〇円で落札しているのであるが、これは右取得すべき金額に比し著しく高価な物件を公売に付したものといわなければならない。被告知事は、すでに述べたように本件土地以外に適当な値段の土地が分筆されているのであるから、これらの土地を公売に付することにより十分目的を達し得たはずであるのに、本件土地のような高価な物件を公売に付した。しかも、昭和三四年九月ころ大田税務事務所係員佐々木徳一ほか一名が公売処分のためと称して本件差押土地の調査に来た際に、原告は右係員らに対し本件土地中高橋鉄雄の借地部分二〇坪余(仮換地積)のところを公売に付して貰いたいと申し入れたのに対し、右係員らはこれを了承した事実があるのに、突然原告の意向を無視して高価な五八番の三の土地を公売に付したのである。そして、右公売価格自体市価に比し低廉である。したがつて、このような公売処分は明らかに違法であり無効ないし取り消されるべきものである。

四  以上述べたように、本件公売処分は無効であり、少くとも取り消されるべきものであるから、被告豊田の本件土地落札による所有権取得は無効であり、少くとも右取消しにより所有権は原告に復帰すべきものである。

五  よつて、原告の申立て欄記載のような判決を求める。

第三被告らの答弁と主張

A  本案前の主張

一  被告所長の主張

(一) 被告変更の不適法その一―故意または重大な過失

原告は、昭和三六年八月二九日請求の趣旨変更申立書により、被告知事に対し差押処分の取消し(予備的に無効確認)を求める訴えを追加したのであるが、右差押処分の処分庁が大田税務事務所長であることを理由に、同日付書面によりあわせて被告の変更を申し立て、被告所長に対し差押処分の取消し、無効確認を求めることにしたのである。しかしながら、原告は、被告所長が本件差押処分をしたことを原告に対する差押通知により承知していたのであり、そのことは、昭和三五年七月一日付原告第二準備書面により原告自ら主張しているのであるから、本件被告の変更は行政事件訴訟特例法第七条第一項但し書に該当し、許されないものである。

(二) 被告の変更の不適法その二―前提たる訴えの不適法―取消しを求める訴えについてのみ

原告は、前記のように、被告を変更する前に訴えを変更しているのであるが、訴えを変更した場合、変更された新たな訴えについて出訴期間が遵守されているかどうかは、訴え変更の申立書を裁判所に提出した時を基準にして判断すべきところ、本件の場合、原告が訴えの変更により取消しを求めている差押処分は、被告所長が昭和三四年九月一一日に行なつたものであり、その直後原告はそのことを了知しているのであるから、原告が昭和三六年八月二九日付書面により追加した被告知事に対する差押処分の取消しの訴えは、出訴期間経過後のもので不適法であるといわなければならない。

ところで、原告は、被告知事に対する訴えの変更とともに、被告の変更をも申し立てているのであるが、被告の変更は当然適法な訴えの変更を前提としなければならないのであつて、訴えの変更自体が右のように出訴期間の徒過により不適法である場合は、行政事件訴訟特例法第七条第二項の適用はなく、被告の変更は許されないものといわなければならない。

(三) 出訴期間の徒過―取消しを求める訴えについてのみ

かりに、被告の変更が適法であるとしても、差押処分の取消しを求める訴えは出訴期間の徒過により不適法である。

(四) 訴願経由の欠缺―取消しを求める訴えについてのみ

(1) 被告所長に対し差押処分の取消しを求める訴えは、右差押処分に対し地方税法第三七三条等の規定による異議の申立てをして、それに対する決定を経た後でなければこれを提起することができないものであるにもかかわらず、原告はこの決定手続を経ることなく本件差押処分取消しの訴えを提起しているから、訴願前置の要件を欠き、この点からみても、被告所長に対し差押処分の取消しを求める訴えは不適法である。

(2) 原告の主張する(後記第四のA一の(三))ように訴願前置を経ないことにつき正当事由は存しない。その理由の詳細は後記被告知事の主張と同一である。

二  被告知事の主張―訴願経由の欠缺―公売処分の取消しを求める訴えについてのみ

(一) 原告の被告知事がした公売処分の取消しを求める訴えは右公売処分に対し地方税法第三七三条等の規定による異議の申立てをして、それに対する決定を経た後でなければ提起することができないものであるのにかかわらず、原告は、この手続を経由しないで右訴えを提起しているから、この点で本件公売処分の取消しの訴えは不適法である。

(二) この点についての原告の主張(後記第四のAの二)に対し

(1) 訴願手続不経由について正当な理由はない。すなわち、原告主張のような陳情が(公売処分後でなくて公売処分前に)あつたことおよび昭和三四年一二月一四日都議会において本件滞納処分に関して質問があつたことは認めるが、元来陳情や陳情に対する措置と異議や異議に対する決定とは、それぞれ要件効果を異にするものであるから、前者があるから後者が無意味不必要であるとすることは当らない。異議申立ては、陳情と異なり、その相手方、その時期、その形式が法定されており、また異議申立てがあつたときは、陳情があつたときと異なり、異議を申し立てられた行政処分は形式的確定力をもつに至らず、その相手方たる決定庁はこれに対する審理をより慎重にするものであり、またその審理に当つても、当該行政処分を担当した機関や職員と異なる機関や職員が担当するのが通常であり、したがつてその結果なされる決定においても陳情に対する措置と異なつたものが生れてくることが十分に予想されるのであるから、陳情と別に異議の申し立てをすることは無益、不必要なことであるとはいえないのである。もし、原告のいうようにこのような場合異議決定を経由する必要がないとするならば、行政処分に関して、その処分のある以前または以後に陳情さえしておけば訴訟提起に当り異議訴願を経由するを要しないこととなり、訴願前置を規定した明文に反し、かつ、その趣旨を没却することとなつて、不合理な結果が生ずることは明らかである。

(2) 次に、原告が本件公売処分に対して昭和三五年二月二二日異議申立てをした(同年四月九日付で期間徒過を理由に却下された。)ことは認めるけれども、公売処分と公売処分代金の充当配当処分とは別個の処分であるから、後者が未了であるからといつて、前者が続行中であるということはできない。したがつて右異議申立ては期間徒過後になされた不適法なものであることが明らかであるから、本訴には訴願手続不経由のかしがある。

B  請求の原因に対する答弁

一、被告所長の答弁

(一) 請求の原因一の事実は認める。

(二) 請求の原因二に対し

(1) 請求の原因二の(一)について

(I) 財産の差押えは税金の徴収に必要と認められる範囲で分筆または区分して行なうべきこと、被告知事らの本件公売処分により取得すべき都税等の税金が原告主張のような内訳で合計六一三、八〇〇円であつたこと、原田茂が本件差押土地に抵当権を有し、これによつて担保される債権が右税金に優先するものであつたこと、差押の対象となつた土地の価格が三井不動産株式会社の評価書や落札価格を基礎とすると原告主張のとおりになることは認めるが、原田茂の有する優先私債権の元本残額が一〇〇、〇〇〇円、損害金が二〇〇、〇〇〇円余であるとの主張および本件差押処分が過大差押であるとの主張は争う。

(II) 被告所長が本件差押土地全部を差し押えるに至つた経過は次のとおりであり、その間になんらの違法もない。

原告は、昭和二七年度第二期個人事業税、昭和二八年度以降の固定資産税および昭和三一年度以降の都市計画税(いずれも都税)を滞納し、昭和三四年九月一一日現在の原告の都税滞納税額は、延滞金等を別としても、合計三三五、〇九〇円に達した。そこで、被告所長は右滞納金徴収のため同日付で原告所有の前記土地三六〇坪二三を差し押えたのであるが、当時右土地には昭和二八年七月一五日付で原田茂のための抵当権設定登記(債権額一、〇〇〇、〇〇〇円、弁済期昭和二八年九月三〇日、利息年一割、損害金の特約一〇〇円につき一日三〇銭の割合)、同年同月二〇日付で訴外玉井ハナ子のための抵当権設定登記(債権額一、〇〇〇、〇〇〇円、弁済期昭和二八年九月三〇日、利息年一割、損害金の特約一〇〇円につき一日三〇銭の割合)および訴外中央石鹸株式会社のための根抵当権設定登記(債権極度額三、〇〇〇、〇〇〇円、弁済期昭和二八年七月一六日より向う六か月、利息一〇〇円につき一日五銭、損害金の特約一〇〇円につき一日五銭の割合)等の各登記がされていて、いずれも右都税の大部分に優先するものであり、わずかに都税滞納額のうち四六、七七〇円(納期限昭和二九年七月一四日以前の分)が第一順位の債権として確保されるに過ぎなかつたのである。もつとも、被告所長は、本件差押処分後、旧国税徴収法施行規則第一二条第一項の規定により前記各抵当権者に対し抵当財産を差し押えた旨の通知をし、同規則第一二条第三項による権利行使の申出の催告をしたところ、原田茂の配当要求額は二、二六八、三〇〇円(元本債権残額三〇〇、〇〇〇円、損害金一、九六八、三〇〇円)であり、また玉井ハナ子はその権利(抵当権および後記地上権)を行使しない旨申し出たので、差押土地の一部を分割して公売すれば滞納処分の目的を達することが明らかになつた。しかし、本件差押処分当時においては前記私債権の実際の元本額や損害金が判明しなかつたので、滞納処分に当つては、当然都税滞納金に優先する名目上の額による私債権の存在を前提とせざるを得なかつたのであり、また本件差押土地の全範囲にわたつて多数の者のために借地権が設定されていた等の事実(本件差押土地については、区画整理施行者都知事に対し、原田茂ほか数名からそれぞれ借地権の申告がなされているほか、本件差押土地の全域について、昭和二八年七月二〇日付で中央石鹸株式会社のため賃借権設定登記ならびに玉井ハナ子のために地上権設定登記がそれぞれされていた。)も当然に考慮しなければならなかつたのであり、本件差押処分は過大差押えとはいえない。

(2) 請求の原因二の(二)について

(I) (1)の主張は争う。原告は、本件差押処分後に分筆したのは違法であると主張するけれども、前に述べたように本件差押処分当時においては分筆する必要は全く認められなかつたのであり、差押処分後に優先債権者らの権利の放棄のためその一部を公売すれば足りるような事情が生じたのである。このような場合、差押処分庁が旧国税徴収法第二三条の三の規定に基づいてすでに差押えている不動産を分割しうることは同規定の解釈上当然のこととして認められているから、被告所長の行為に何らの違法もない。

(II) (2)の主張中、被告所長が本件差押土地を四筆に分筆し、そのうちの一筆のみを公売に付し滞納処分の目的を達していること、原告が被告側に対し、高橋鉄雄の使用部分の公売を申し入れたことは認めるが、その余の主張は争う。本件差押土地を四筆に分筆し、そのうちの一筆のみを公売に付したのは次のような事情によるものであり、何らの違法もない。すなわち、本件土地は区画整理中であつたため、本件仮換地について分割すべき部分を検討したところ、五八番の三(五三坪二一)の部分(当時の使用者斉藤長五郎)、五八番の四(二六坪〇四)の部分(同沢田某)、五八番の五(二一坪八三)の部分(同天野某)ならびに二〇坪の部分(同田村剛、後に高橋鉄治)の各部分が地上建物からみて使用状況、使用区分が明確であつた。そして、前記のように右二〇坪の部分を公売の対象にしてもらいたい旨原告から被告側に申し入れてきたことがあるけれども、この部分は従前の土地一五坪に対し二〇坪の増換地が与えられているので将来精算金徴収等の関係で公売見積価格が決定できないので公売の対象としては不適当であること、また右各部分を除く土地は使用関係が不明確で適正な見積価格を決定することができないことなどから、これら残余部分は差押えを解除し、右斉藤、沢田、天野の各使用部分を公売土地とする方針のもとに右三か所について実測をして土地価格の鑑定を求め、これらの三か所の土地を、それぞれ、公売の便宜上、使用区分に従つて分筆することにしたのである。なお、これより先、被告所長は前記優先債権者らに対し、本件差押土地を分割してその一部を公売することにしたいからその部分については抵当権を放棄してもらいたいと申し入れたのであるが、原田茂、中央石鹸株式会社(玉井ハナ子はすでに放棄していること前記のとおり。)の承諾を得ることができなかつたので、右三か所の部分を全部公売する予定で、それらの部分を、それぞれ照応する本件従前の土地から分筆することとした。ところが、右分筆後の昭和三四年一一月七日になつて前記中央石鹸株式会社から右五八番の三の土地についてだけ抵当権、賃借権等を放棄する旨の申出があつたので、五八番の三の土地に関しては原田茂の債権だけが都税に優先することになつた。そのため被告都知事としては、まず五八番の三の土地を公売処分に付することとし、その仮換地積五三坪二一に対する評価格一、三八三、五〇〇円(坪当り二六、〇〇〇円)を基準にして右五八番の三の土地七五坪七〇の最低公売価格を一、九六八、二〇〇円と決定して公売を実施した結果、一、九七〇、〇〇〇円で被告豊田に落札されたのである。ところで、右公売代金によつて支払われるべき都税等の税金額は、合計六一三、八〇〇円であり、また原田茂の優先債権額は当初配当要求のあつた二、二六八、三〇〇円のうち九五七、〇〇〇円(債権元本残額三〇〇、〇〇〇円および損害金六五七、〇〇〇円)であつたので、被告都知事としては、さらに五八番の四、五八番の五の土地について公売するまでもなく、右公売代金のみで滞納処分の目的を達しうることになつた。そこで、これらの土地に対する公売を中止し、かつ、これらの土地に対する差押えを昭和三四年一二月一七日付で解除し、同時に差押登記の抹消登記手続を了したのである。

(III) (3)の主張に対し

(イ)について。事実上原告主張のような手順で分筆手続が行なわれていることは認めるが、それは法律上要請された手続ではなく、区画整理の便宜上事実上しているに過ぎない。

したがつて、被告所長が分筆手続を仮換地上の実測をせず仮換地上の使用区分を無視して行なつたとしても、分筆手続にかしがあるということはできず、原告の主張はそれ自体理由がないものである。すなわち、本件のような差押処分は、もともと従前の土地を目的として行なわれるものであるから、従前の土地の分割についても、本来は被告所長が従前の土地の公図に基づいて一方的に分筆申告等の手続をすることができるのである。何故ならば、区画整理完了前においては法律上は従前の土地だけが存在するので、仮換地というものは法律上独立の存在を有するものではなく、区画整理工事の施行に伴い従前の土地に対する使用収益が停止される関係上、これと同じ使用収益の客体となる土地として、その位置、地積等が指定されるに過ぎないものであるからである。そして、従前の土地に対し一括して仮換地の指定がされたのち、従前の土地を分割して譲渡又は公売した場合には、従前の土地の一部の所有権の移転に照応して仮換地上の使用収益の状態に変更を生ずるに過ぎないのであつて、その結果、仮換地上の関係権利者の間で使用収益に支障を生ずるおそれがある場合には、その申出に基づき区画整理施行者がその部分についても仮換地を指定(すでになされた仮換地指定を変更)する必要が生ずるだけである(もつとも、仮換地上の使用収益の状態に応じて従前の土地の分割譲渡が行なわれれば、それに伴つて、あらためて仮換地指定をする必要はない。)。

(ロ)について。本件分筆処分に当り区画整理事務所が仮換地分割図に基づいて仮換地上の分筆対象土地に対応する従前土地の分割図の内定をしたこと、右分割図作成に当り五八番の四、五八番の五の部分について現実の使用区分に従つた実測をしたこと、五八番の一、五八番の三について区画整理事務所に原告主張のような権利異動届が提出され、その権利異動届によると原告主張のような借地人の使用地として届出がなされていることは認めるが、本件分筆処分に当り五八番の三の土地を実測しなかつたこと(なお、五八番の一は従前の五八番の一から同番の三、四、五を分筆した残りであるから、分筆に当つて特に実測する必要はない。)、右権利異動届が偽造のものであり前記仮換地分割図が右偽造の権利異動届に基づいて作成されたこと、右仮換地分割図が現実の使用区分を無視して作られたものであることは否認する。その余の事実は知らない。被告所長は、本件分筆処分をするについて、昭和三四年一〇月一三日ころ、東京都大田税務事務所の係員佐々木徳一、同佐俣倉造を民間の測量士有馬武とともに仮換地現地に派遣して調査させたが、同人らの調査によれば現実の使用区分と区画整理施行者都知事が昭和三三年一二月一日本件差押土地を検査測量した時作成した検査測量図を対照しても、五八番の三の部分については、右検査測量の時と全く使用区分が同じであつたので、あらためて厳密な測量をする必要がないものとして単に距離の測量等により右検査測量図作成の時と使用区分が同一であることを確認したうえ右検査測量の結果を本件分筆に当り便宜流用することとしたのであり、また外観的に使用区分は明白であつたが、右検査測量以後使用区分の変更のあつた五八番の四および五八番の五の部分については実測を行ない(五八番の一は五八番の三、四、五を分筆した残りであるから、あらためて実測する必要がないこと前記のとおりである。)実測図を作成しているのである。右のように本件分筆手続は権利異動届とは関係なく、実測図に基づいてなされているのであるから、本件分筆処分が違法無効となることはない。

二、被告知事の答弁

(一) 請求の原因一および二についての答弁、被告所長のものと同一であるから、これを援用する。

(二) 請求原因三に対し

(1) 請求の原因三の(一)の主張は争う。本件差押ないし分筆処分には何らのかしもないことは被告所長の答弁のとおりである。

(2) 請求の原因三の(二)について

本件土地を含む本件従前の土地三六〇坪二三について仮換地として二六五坪五五が指定されていること、本件公売土地が右仮換地のいずれの部分に該当するかについて特に仮換地指定変更処分がされていないことは認めるが、その余の主張は争う。本件土地は従前の土地の表示のみによつて十分に特定されているのであつて公売の目的が不特定ということはできない。元来、本件土地のように土地区画整理進行中の土地は、仮換地の指定、指定変更等が予定され換地処分が完了するまでは、これに対していかなる位置にいかなる面積の換地が与えられるか未定の状態にあるのであるが、この未定のままでも従前の土地の表示によつてこれを特定することができるのである。もし原告のいうように仮換地上に土地が特定しない限り土地が不特定のものであるとすれば、土地区画整理進行中の土地は換地処分の完了するまで一切取引の対象とすることができないことになり、明らかに不合理である。しかも、本件公売土地を含む分筆前の土地である旧五八番の一に対する仮換地はすでに指定されているのであるから、旧五八番の一の一部たる本件土地五八番の三の仮換地の位置もまた旧五八番の一の仮換地の範囲内にあることはおのずから判明していることであり、この点からすれば、公売当時においては、本件土地は従前の土地の表示においてのみならず、仮換地においても特定していたといつてよいのである。かりに、区画整理中の土地を公売の対象とするには従前の土地の表示によつてだけでなく仮換地の点でも特定しなければならないとしても、本件公売当時においては、すでに本件公売土地の仮換地の位置、面積は前記斉藤長五郎使用部分である仮換地積五三坪二一とすることに内定していたのであり、また将来そこに換地を定めることが予定されており、本件公売処分に当つては、その前にそのことを被告知事の部下の税務担当職員である本郷五郎が原告に伝えており、公売当時同係員が入札参加者にも伝えているから、公売の対象となる土地は従前の土地の表示によつてだけでなく仮換地上の表示においても特定していたのである。

(3) 請求の原因三の(三)の主張中、原告主張のような公売の公告がされたことおよび原告主張のような内容の各文書が原告に送達されたことは認めるが、その余の主張は争う。前述のように、公売土地の表示には不特定の要素は全くないから、原告の主張は失当である。

(4) 請求の原因三の(四)について

本件公売処分により被告知事が取得すべき必要金額は優先私債権を含め一、〇〇〇、〇〇〇円程度に過ぎないという主張は争う。都税等の徴収金額は六一三、八〇〇〇円であり、原田茂の優先債権額は九五七、〇〇〇円である。また、被告知事において本件公売土地の最低公売価格を一、九六八、二〇〇円と定めて公売処分に付したところ、被告豊田が一、九七〇、〇〇〇円で落札したこと、原告より、その主張のように高橋鉄治使用部分を公売してもらいたい旨の申入れがあつたことは認めるが、その余の事実は争う。本件公売土地を特に公売の対象に選んだ理由は前記のとおりであり、また高橋鉄治使用部分の公売申入れがあつたのにこれを受け入れなかつた理由も前記のとおりである。

また、公売価格も時価相当である。

したがつて、不当に高価な物件を公売処分に付したとか、公売価格が時価に比し低廉であるとかという原告の主張も失当である。

三、被告豊田の答弁

請求の原因事実中、本件公売土地がもと原告の所有であつたこと、昭和三四年一一月三〇日被告知事がこれを原告の都税滞納処分を理由に公売処分に付し、被告豊田が落札してその所有権を取得し、原告主張のような登記をしたことは認めるが、その余の事実は不知。被告知事のした本件公売処分が違法であつて無効もしくは取り消されるべきものであるとの主張は争う。

第四被告らの主張に対する原告の反論

A  本案前の問題について

一、被告所長の本案前の主張に対する反論

(一) 被告変更について原告に故意または重大な過失はない。原告は、昭和三四年一二月二八日東京都知事を被告として本件公売に関する一連の手続の違法を理由に公売処分の取消訴訟を提起したのであるが、右一連の手続の違法理由として本件差押処分、分筆処分等の違法をも主張してきたものであり、このことは訴状その他原告の準備書面により明らかである。ところが、被告知事は、差押処分、分筆処分の違法の主張には答えず、もつぱら公売処分のみに争点を限つていたので、原告はこれを検討したところ、差押処分については被告知事から被告所長に権限が委任されていることに気づいたので、差押処分に関しては被告を大田税務事務所長に変更したものである。公売に関する一連の手続を関する諸通知の名義人をみても、あるいは大田税務事務所長であり(甲第一号証)、あるいは東京都主税局徴収部整理第一課長であり(甲第三号証)、あるいは東京都知事であり(甲第四号証)、あるいは東京都主税局徴収部長である(甲第五号証)という次第で、いずれの行政機関から通知してきたものかわかりにくく、原告がその処分庁を誤るのはやむを得ないところであり、原告に被告の変更について故意または重大な過失があるとはいえない。

(二) 差押処分の取消しを求める訴えの出訴期間は徒過していない。原告が右訴えを追加したのは昭和三六年八月二九日付請求の趣旨変更申立書によつてであるが、右訴えで取消しを求めている差押処分の違法は、すでに被告知事に対する訴状(昭和三四年一二月二八日提出)において主張しているところであり、このような場合には、行政事件訴訟特例法第七条第二項の趣旨に鑑み、右差押処分取消しの訴えは、被告知事に対する訴状を裁判所に提出した時に提起したものとみなすべきであるから、右訴えにつき出訴期間徒過の違法はないものというべきである。

(三) 訴願手続を経由していないとの主張に対する反論は後記被告知事の主張に対する反論と同趣旨である。

二、被告知事の本案前の主張に対する反論

被告知事主張のように、本件公売処分の取消しを求める訴えの提起前に異議申立て等の訴願手続をしなかつたことは認めるが、以下に述べるように右訴えは適法である。

(一) 原告が訴願を経由しなかつたことについては、行政事件訴訟特例法第二条但し書に該当する事由が存在する。すなわち、原告は、被告知事の本件滞納処分着手後しばしば被告知事に対し、その手続が不当である旨を陳情し、その是正方を求めてきたが、特に昭和三四年一二月二四日の東京都議会第四回定例会第一日には、川端文夫議員において、原告の陳情に基づき、被告知事および東京都主税局長に対し、本件滞納処分に関して質問をし、その不当性、違法性を追及するなど、原告はあらゆる手段を講じて被告の反省と善処を求めたのである。しかしながら、被告は言を左右にしてなんらの措置をも講じないままいたずらに時日を経過した。このような実情からみて、原告は、被告に対し、形式的な異議申立て等の訴願手続をとつても全く無意味であるという結論に到達するとともに、他方本件公売土地に関しては地主たる原告と不法占拠者との間に数個の訴状が裁判所に係属しており、この対策のためにも原告は一刻の猶予も許されない情勢にあり、もし訴願手続をとつていれば著しい損害を生ずるおそれがあつたため、右手続を経由することなく直ちに出訴したものである。したがつて、原告が訴願手続を経由しなかつたことについて正当事由が存在したことは明らかである。

かりに、以上の主張が理由がないとしても、地方税法の規定は余りにも複雑であり、通常人が異議申立てに関する規定を看過し、あるいは誤解して、出訴に先だち訴願を経ることが不要であると考えるのは無理からぬことである。したがつて、このような法規のもとでは、訴願前置の規定があるにかかわらず訴願不要と考えて直ちに出訴したとしても違法とはいえないものというべきである。原告は、訴願については一旦は考えたけれども、右法規の存在にまでは考え及ばなかつたのであるから、右の場合に該当することは明らかであり、被告の主張は理由がない。

(二) なお、かりに右正当事由の存在が認められないとしても、原告は昭和三五年二月二二日被告知事に対し本件滞納処分(差押処分公売処分を含む。)について異議申立てをした。そして、本件公売自体は昭和三四年一一月三〇日に行なわれているけれども、その公売代金の分配について債権者債務者間に争いがあり、右申立て当時公売代金は未分配であつたから、いまだ公売処分が終了したとはいえないので、右異議申立ては本件公売処分に対する異議申立てとして適法なものでありこれにより訴願手続経由の要件をみたすものというべきである。

この点について、被告知事は、公売処分と公売代金充当処分は別個の処分であつて、右異議申立てを本件公売処分に対する適法な異議申立てとみることはできないと主張するけれども、現在のように、公売処分をしたのちにその処分の通知とともに不服申立方法等を告知する方途を講じていない場合、原告にとつてはいずれの処分に不服の申立てをすべきか不明である等の事情を考えると、右のような厳格な解釈をとることなく、なるべく国民の権利救済に有利な解釈をとるのが当然であつて、原告の右異議申立てを本件公売処分に対する適法な異議申立てとすることに何らの不都合はないというべきである。

そして、右異議申立てが不適法として却下されたとしても、訴願手続経由の要件をみたしていることは明らかである。

B  本案の問題について

一、本件差押処分は過大差押えとはいえないとする被告らの主張(被告所長の答弁(二)の(1)の(II)、被告知事の答弁(二)の(1))のうち、原告が被告ら主張のとおりの都税を滞納したこと、本件従前の土地につき被告ら主張のような抵当権設定登記がなされ、中央石鹸株式会社のための賃借権設定登記、玉井ハナ子のための地上権設定登記がなされていたこと、原田茂ほか数名の賃借人がいたこと、玉井ハナ子が権利を行使しない旨申し出たことは認める。しかしながら、右各抵当権の被担保債権の弁済期は、原田茂、玉井ハナ子については、いずれも昭和二八年九月三〇日、中央石鹸株式会社については、昭和二八年七月一六日より向う六か月と登記簿上に明記してあり、いずれも本件差押処分当時よりはるか前に経過しているものであるから、それらの債権がすでに弁済ずみであることが十分に予想されるのであり、このような場合、差押処分をするに当つては、まず右登記の実体を一応調査すべきであるのにかかわらず、被告所長は、このような調査を全くしないで、漫然、しかも、原告に何のことわりもなく本件差押処分をした。はたして、本件差押処分後、右玉井ハナ子、中央石鹸株式会社は権利を行使しない旨申し出ているのであり、原田茂の債権は全部で三〇〇、〇〇〇円余に過ぎないことが明らかになつている。

かりに、右の登記の実態調査が不能であつたとしても、右被担保債権の名目額の合計は四、〇〇〇、〇〇〇円である。しかるに、本件差押処分により差押えられた土地は、仮換地の実測面積二六五坪で、その坪当りの価額は三井不動産株式会社の評価書によれば二六、〇〇〇円であるから、合計六、八九〇、〇〇〇円の評価となり、また本件土地を被告豊田が坪当り三七、〇〇〇円強で落札していることから計算すると九、八〇〇、〇〇〇円余となる。したがつて、右評価額は、右名目債権額および都税徴収金を差し引いても、なお相当の余りを生ずるわけで、このような高価な土地を分筆もせず一括して差し押えることは、納税のために必要な限度をはるかに越えた違法な処分というべきである。

二、分筆処分が違法である理由として、被告らは、本件分筆処分に当り実測しなかつた部分については、昭和三三年一二月一日区画整理施行者が本件差押土地を検査測量した時作成した検査測量図に基づいて本件差押土地の仮換地の実測図を作成したと主張するが、かりにそうだとしても右検査測量図は実測図に基づいて作成されたものではないから、被告らの主張は理由がない。

三、本件公売土地が不明確であつたことはなく、その仮換地上の位置、面積は斉藤長五郎の使用部分に内定しており、それを公売の対象とする旨事前に原告に通知していたという被告知事の主張は争う。

第五証拠関係〈省略〉

理由

第一被告所長に対する訴えについて

一  本件差押処分の無効確認請求

被告所長が原告の都税滞納により昭和三四年九月一一日原告所有の東京都大田区入新井六丁目五八番の一宅地三六〇坪二合三勺(以下本件従前の土地という。)を差し押え(以下単に本件差押処分という。)、同年九月一四日その登記を終えたこと、右土地については土地区画整理のため仮換地として東京都大田区入新井六丁目五八番の一宅地二六五坪五合五勺が指定されていたこと、同被告は、同年一〇月二九日、本件従前の土地につき、都税徴収金滞納処分による差押えを代位原因として、代位債権者東京都名義をもつて、(イ)東京都大田区入新井六丁目五八番の一宅地二一七坪四〇 (ロ)同番の三宅地七五坪七〇(仮換地積五三坪二一) (ハ)同番の四宅地三六坪九四(仮換地積二六坪〇四) (ニ)同番の五宅地三〇坪一九(仮換地積二一坪八三)の四筆に分筆の手続をし、その旨の登記をしたこと、被告知事は右(ロ)の土地すなわち別紙目録記載の土地(以下単に本件土地という。)を昭和三四年一一月三〇日公売処分に付し、被告豊田がこれを落札したことは当事者間に争いがない。

(一)  本案前の問題――被告変更の適否

東京都都税条例第四条の三によれば、徴収金の賦課徴収に関する事項等は、同条の三第一項但し書第一号ないし第九号に掲げる事項(第九号は「前各号に掲げるものの外、規則で定める事項」)を除き、都知事から都税の納税地所管の税務事務所長に委任されており、東京都都税条例施行規則第三条には、規則で定める事項を委任事項から除くことを定めた右条例第四条の三第一項但し書第九号にあたる場合の一つとして、「納税者又は特別徴収義務者の都税に係る未納の徴収金のうち知事がその徴収を知事においてすることを必要と認める徴収金の徴収に関する事項」が掲げられているところ、本件差押処分は、右原則により、これについての権限が納税地所管の税務事務所長たる被告大田税務事務所長に委任されているが、本件公売処分は、「知事がその徴収を知事においてすることを必要と認める徴収金の徴収に関する事項」にあたるとして、これについての権限が知事に留保されていることは、弁論の全趣旨により明らかである。そして、本件差押処分についてのように権限の委任があつた場合には、当該処分の無効確認ないし取消しを求める訴えの被告適格を有するものは受任庁であると解するのが相当である。したがつて、本件差押処分の無効確認ないし取消しの訴えについて被告適格を有するものは被告所長であり、本件公売処分の無効確認ないし取消しの訴えについて被告適格を有するものは被告知事である。

ところで、原告は、昭和三四年一二月二八日東京都知事を被告として「1、被告が別紙目録記載の土地につき、昭和三四年九月一四日東京法務局大森出張所受付第二九五一六号債権者東京都なる差押登記に基づきなした公売処分を取り消す。2、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求める訴えを提起し、昭和三五年四月一三日付で「被告が別紙目録記載の土地につき、昭和三四年九月一四日東京法務局大森出張所受付第二九五一六号債権者東京都なる差押登記に基づきなした公売処分は無効であることを確認する。」旨の申立てを追加し、さらに昭和三六年八月二九日に至り、同日付「請求の趣旨変更(訂正)の申立」と題する書面をもつて請求の趣旨を差押処分の取消しないし無効確認と公売処分の取消しないし無効確認とを求める趣旨に変更し(原告は、従前から差押処分の取消し、無効確認を請求してきたのであつて、このことを明確にするため請求の趣旨の訂正変更を申し立てたに過ぎないと主張するが、原告の内心の意思はともかくとして、訴訟上正式に陳述された主張を検討する限り、原告の右主張を採用することは困難であり、訴状等の記載によつても、差押処分の違法を主張しているものとは認められない。)、同日付「被告の変更の申立て」と題する書面をもつて本件差押処分をした所轄行政庁が大田税務事務所長であることを理由に、本件差押処分の取消しないし無効確認を求める部分については被告を都知事から大田税務事務所長に改める旨申し立てたことは本件記録上明らかである。

右のような経過からすると、原告は当初被告知事を相手として公売処分の取消しの訴えを提起し、次いで同処分の無効確認請求を追加した後、さらに公売処分前になされた差押処分の取消しないし無効確認請求を追加するとともにこの後に追加した請求につき被告を都知事から大田税務事務所長に変更する旨申し立てたのであるから、原告は当初の請求について被告を誤つていたのではなく、後に追加した請求についてその被告を変更しようとするものであつて、原告は、本件差押処分の取消しないし無効確認請求を追加しようとした当時、新請求について被告適格を有するものは東京都知事でないことを知つていたと推認されるから、被告を誤つたことについて故意があるとみるほかなく、右のように訴の変更とあわせて被告の変更をしようとしても、行政事件訴訟特例法第七条第一項但し書により被告の変更としては適法でないといわざるを得ない。

しかしながら、本件差押処分と本件公売処分は、別個の処分であるとはいえ、それは一個の滞納処分手続を構成する処分であるから、本件差押処分の取消しないし無効確認請求と本件公売処分の取消しないし無効確認請求とは関連する請求であり、行政事件訴訟特例法第六条の適用ないし類推適用により併合することが許されると解される(なお、現行の行政事件訴訟法はこの点について明文をおいている。同法第一九条、第三八条参照)ので、原告の前記訴えの変更申立てと被告の変更申立ては、これを被告知事に対する公売処分の取消しないし無効確認の訴えの係属中に、これと関連する被告所長に対する差押処分の取消しないし無効確認を求める訴えを新たに追加して併合審理を申し立てたものとして取り扱うことが相当である。そして、右差押処分の取消しないし無効確認請求と公売処分の取消しないし無効確認請求とが併合審理されてきたことは明らかである。

したがつて、被告所長に対する本件訴えは、少なくとも本件差押処分の無効確認請求に関する限り(取消しを求める訴えについては後述するとおりである。)適法といえる。

(二)  本案の問題

(1) 過大差押えの違法の主張について

租税滞納処分は、租税債権の満足をうるために行なわれるのであるから、財産の差押えは滞納税額および滞納処分費(以下滞納税額等という。)を徴収するに必要な範囲にとどめるべきこと、滞納税額等からみて一個の物全体を差し押えることが必要でない場合は、不可分物でない限り、これを分割して必要な部分のみを差し押えるべきことは滞納処分の目的からみて当然である(地方税法第四八条第一項等により本件滞納処分の準拠すべき旧国税徴収法に関する昭和三〇年一二月二八日国税庁長官通達同法第一〇条関係二〇第二三条の三関係四六参照。なお、昭和三五年一月一日施行の現行国税徴収法第四八条第一項は超過差押の禁止を明記している。)。そして滞納税額等を徴収するに必要な範囲であるかどうかは、差し押えるべき財産の処分見積額から滞納税額等に優先する抵当権等によつて担保される債権の額を控除した額を滞納税額等(差押時においてはいまだ交付要求はないのであるから、交付要求にかゝる税額は加算すべきではない。)と比較して判断すべきである。

本件の場合、三井不動産株式会社の坪当り評価額を基礎とすると本件差押土地の見積書は合計六八九万円となり、被告豊田の落札価格坪当り三七、〇〇〇円強により計算すると合計九八〇万円余となること、被告都知事が本件滞納処分により徴収すべき滞納税額等が五一六、五二五円であることおよび原田茂が本件差押土地に抵当権を有しこれによつて担保される債権額が滞納税額等に優先するものであつたことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一号証、同第二号証の一ないし三、乙第三号証、証人佐々木徳一の証言により成立の認められる同第四号証ならびに証人佐々木徳一、同原田茂の各証言および原告本人尋問の結果を総合すると、本件差押土地の登記簿には、原田茂のために昭和二八年七月一五日受付、原因同年七月一三日の金円貸借契約についての抵当権設定契約、債権額一〇〇万円、弁済期昭和二八年九月三〇日利息年一割、利息支払期毎月末日払、債務不履行のときは期限後の損害金日歩三〇銭の第一順位の抵当権(本件従前の土地のほか二棟の家屋に対する共同抵当)設定登記、玉井ハナ子のために、昭和二八年七月二〇日受付、原因同年五月二九日金円貸借契約についての抵当権設定契約、債権額一〇〇万円、弁済期同年九月三〇日利息年一割利息支払期毎月末日払、債務不履行のときは期限後の損害金日歩三〇銭の第二順位の抵当権(本件従前の土地のほか二棟の家屋に対する共同抵当)設定登記ならびに昭和二八年七月二〇日受付、原因同年五月二九日地上権設定契約、地上権の目的、建物所有の目的、存続期間満五カ年の地上権設定登記、中央石鹸株式会社のために、昭和二八年七月二〇日受付、原因同年七月一六日停止条件附代物弁済契約(債務三〇〇万円を履行しないときは所有権を移転する。)の所有権移転仮登記、昭和二八年七月二〇日受付、原因同年七月一六日根抵当権設定契約、債権極度額三〇〇万円、契約期間昭和二八年七月一六日から向う六か月、利息日歩五銭、債務不履行のときは期限後の損害金日歩五銭の第三順位の根抵当権設定登記および昭和二八年七月二〇日受付、原因昭和二八年七月一六日賃借権設定契約、存続期間満五か年の賃借権設定登記がなされていたこと、そして、本件滞納税額等のうち、わずかに四六、七七〇円(納期限昭和二九年七月一四日以前の分)のみが前記抵当権によつて担保される私債権に優先するものであつたこと、本件差押処分後公売処分前である昭和三四年一〇月二二日に至りはじめて玉井ハナ子より権利を行使しない旨の申立書が大田税務事務所長に提出され、さらに同年一一月五日中央石鹸株式会社よりも登記の抹消承認の申立書が提出されたことが認められる。そして、登記簿に右のような記載がある以上、本件滞納処分により被告知事が取得すべき滞納税額等に優先する私債権の額については、原田茂、玉井ハナ子の元本債権各一〇〇万円と中央石鹸株式会社の債権極度額三〇〇万円の合計五〇〇万円に原田茂、玉井ハナ子の元本債権に対する二か年分の遅延損害金を加えたものを優先私債権の額として計算することはやむを得ないものというべきである。そうだとすれば、本件差押土地の前記見積額からこれを控除したものを本件差押土地の価格として、これを本件滞納税額等五一六、五二五円と比較した場合、前者が後者を著しく超過するとはとうていいえない。したがつて、かりに原告主張のように、実際は優先私債権の額が登記簿記載の額よりはるかに少なく本件差押処分は超過差押えにあたるとしても、そのかしは客観的に明白でなかつたといわざるを得ない。

これを要するに、本件差押処分は超過差押えにあたるから無効であるという原告の主張は理由がない。

(2) 分筆の違法の主張について

昭和三四年一〇月二九日、本件従前の土地につき、都税徴収金滞納処分による差押えを代位原因として代位債権者東京都名義をもつて本件従前の土地が四筆に分筆されたことは前述したとおり当事者間に争いがないが、差押処分の違法の判断の基準時は差押処分の時であるから、その後になされた分筆の違法はすでになされた差押処分の違法事由たりえないことは多言を要しない。したがつて、本件分筆に違法があるかどうかにつき判断するまでもなく、差押処分後の分筆の違法が差押処分の違法を招来することを前提とする原告の主張は失当である。

よつて、被告所長に対する本件差押処分の無効確認請求は、結局理由がないことになる。

二  本件差押処分の取消しを求める訴え

まず、本案前の問題から考えるに、被告知事に対する公売処分の取り消しないし無効確認の訴えの係属中に被告知事に対し差押処分の取消ないし無効確認請求を追加し、同時に被告を被告所長に変更の申立てをしたことについては、これを行政事件訴訟特例法第六条の関連請求の申立てと解する限り適法であることは前に述べたとおりである。しかしながら、被告所長に対する訴えは被告知事に対する公売処分の取消しないし無効確認請求の関連請求に係る訴えとして追加されたものと解される以上、被告所長に対する本件差押処分の取消しを求める訴えの出訴期間が遵守されているかどうかは前記訴えの変更申立書と被告変更申立書を裁判所に提出した時を基準として判断すべきところ、右申立書が提出されたのは前記のように昭和三六年八月二九日であつてすでに出訴期間をはるかに経過しているのである。したがつて、被告所長に対し本件差押処分の取消しを求める訴えは、この点で不適法といわざるを得ない。

第二被告知事に対する訴えについて

被告所長に対する訴えについての判断の冒頭で当事者間に争いがない事実として記載した事実は原告と被告知事との間でも争いがない。

一  本件公売処分の無効確認請求

(一)  差押処分ないし分筆の違法の主張について

(1) 本件差押処分が無効であるといえないことは前に述べたとおりであるから、差押処分が無効であるから、公売処分も無効であるという原告の主張は理由がない。

(2) 次に、本件分筆には違法があつて本件公売処分を無効にするという原告の主張について検討するに、そもそも、分筆の結果が公売処分とかかわりをもつのは公売処分の対象土地の特定という点においてである(分筆手続をしなくても一個の不動産の一部を実質的に分けて公売することができる。この場合は公売後権利移転手続に当つて分筆することになる。)から、分筆の適否は公売処分の適否に必然的に影響を与えるものではなく、分筆が違法でも公売処分の対象が特定していれば公売処分そのものを違法ということはできないと解すべきである。したがつて、公売土地の特定の問題と離れて分筆の適否について判断する必要はないものというべきである。(本件公売処分には公売土地の特定の点で違法があるといえないことは後述するとおりである。)

(二)  公売土地の不明確の主張について

本件土地を含む本件従前の土地三六〇坪二三について仮換地として東京都大田区入新井六丁目五八番の一、宅地二六五坪五五が指定されていたが、本件土地が右仮換地のいずれの部分に該当するかについて特に仮換地指定変更通知がなされていないことは当事者間に争いがない。しかし、仮換地の指定があつた土地の一部を分筆して公売する場合は、法律的には、従前の土地について分筆公売が行なわれるのにほかならないのであり、ただ、右権利移転に照応する仮換地上の使用収益状態の変更のために、すでになされた従前の土地全体についての仮換地指定を変更する必要が生じるだけである。したがつて、従前の土地の分筆部分が特定している(本件の場合、分筆が違法かどうかはともかくとして、当時五八番の三宅地七五坪七〇として特定している。)以上、公売処分前に、公売の対象となつた本件土地に対応する仮換地指定(仮換地指定変更)通知がなされなかつたからといつて、公売土地が特定しないとか不明確であるとかいうことはできないのである。してみれば、公売土地が不明確であるから公売処分が無効であるという原告の主張もまた理由がない。

(三)  公売手続の違法の主張について

原告主張のような公売公告がなされたことおよび原告主張のような内容の各文書が原告に送達されたことは当事者間に争いがない。

しかし、換地処分が行われるまでは、公売は従前の土地について行なわれ、競落人としては従前の土地の所有権を取得するわけであるから、公売公告、落札決定等に当つても、従前の土地の表示と並んで従前の土地に対応する仮換地を表示する(本件のように、仮換地指定のあつた従前の土地を分割して公売する場合は、公売部分について仮換地指定((仮換地指定変更))通知をしたうえ、この仮換地を表示するということになろう。)ことが望ましいとしても、これをせず従前の土地のみの表示をしたとしても違法ということはできない。また、登記簿上の面積の表示と並んで実測五三坪二一と表示したことの適否について考えるに、成立に争いのない乙第五号証の五、乙第七号証、甲第一七号証、証人嘉戸茂金の証言によつて成立の認められる甲第一五号証と証人嘉戸茂金、同本郷五郎の各証言を総合すると、右実測五三坪二一なるものは本件土地の仮換地として指定されることが内定していた(公売処分後正式に指定((変更決定))がなされたが、土地所有者に対する通知はされていない。)土地の地積を指していることが認められるところ、このように従前の土地の登記簿上の面積と並んで仮換地指定内定地の面積を表示しても、買受人その他公売の利害関係人に何ら不利益を与えないから、このために本件公売処分が違法となることはないものというべきである。(なお、本件土地の仮換地に内定していた土地の面積は五三坪二一ではなくて四五坪であるという原告の主張を認めるに足りる証拠はない。)

(四)  不当高価物件を公売した旨の主張について

公売処分も、差押処分と同じく、滞納税額等の徴収という滞納処分の目的を達成するのに必要な限度にとどめるべきであるから、右の目的に反するような超過公売は許されるべきではないことは明らかである。本件の場合、被告知事は本件土地を公売価格一、九六八、二〇〇円と定めて公売処分に付したところ、被告豊田が一、九七〇、〇〇〇円で落札したことは当事者間に争いがない。そして、成立に争いのない乙第一号証と弁論の全趣旨によれば、本件公売処分に当り、三井不動産株式会社は、本件土地の仮換地と内定していた土地五三坪二一の土地を一、三八三、五〇〇円(坪当り二六、〇〇〇円)と評価していることが認められるが、土地区画整理法によれば、仮換地を指定する場合は、換地計画に定められた事項または同法に定める換地計画の決定の基準を考慮してしなければならない(同法第九八条第二項)とされており、換地計画において換地を定める場合においては、換地および従前の宅地の位置、地積、土質、水利、利用状況、環境等が照応するように定めるべきであり(同法第八九条第一項)、従前の宅地について所有権および地役権以外の権利または処分の制限があるときにその換地についてこれらの権利または処分の制限の目的となるべき宅地またはその部分を定める場合も、右に準ずべきこと(同法第八九条第二項)とされているから、従前の土地の価格は仮換地の評価額に若干の清算金を加減した額となるのが通常であるとみることができ、本件土地の仮換地内定地は本件土地に比べ約二三坪減歩になつているから、これらのこと等をしん酌して公売当時の本件土地の価額を右仮換地内定地の前記評価額から推定しても、これを若干上回るとしても著しく上回るほどの額ではないものということができる。

他方、被告知事が本件滞納処分により徴収すべき滞納税額等が五一六、五二五円であることは当事者間に争いがなく前記甲第二号証の一ないし三、成立に争いのない乙第二号証の一ないし三によれば、登記簿には、滞納税額等に優先する原田茂の抵当債権が、五八番の一、五八番の四、五八番の五の土地および二棟の家屋に対する共同抵当としてではあるが、既述のように記載されており、また昭和三四年九月二七日付で残元本三〇〇、〇〇〇円、元金に対する昭和二八年一〇月一日以降三四年九月二七日までの日歩三〇銭の割合による損害金一、九六八、三〇〇円合計二、二六八、三〇〇円の配当要求書が原田茂の代理人若新弁護士より大田税務事務所あてに提出されていることが認められる。そして、被告知事に対し、公売処分に際し、登記簿に記載されている優先私債権が実際に存在するのかどうか、存在するとしてその額はいくらかにつき正確に調査確認を求めることは難きを強いるものというべきである。(証人原田茂の証言および弁論の全趣旨によれば、実際にも元金と遅延損害金を合計して数十万円以上の債権があつたことがうかがわれる。この点についての原告本人の供述は措信できない。)そうだとすれば、本件公売処分は不当高価物件の公売であるとか、不当に低廉な価格による公売であるとかいえないものというべきである。なお、原告主張の仮換地積約二〇坪の部分を公売の対象としてほしい旨原告が被告らの関係係員に申し入れたことは当事者間に争いがないが、被告らがこれを承諾したことを認めるに足りる証拠はなく、証人佐々木徳一の証言によれば、被告知事は、右土地を公売に付しただけでは滞納税額等の満足を得る見込がなかつたこと等のため、右土地を公売の対象とすることは不適当であると認めて、本件土地を公売したことが認められるから、被告知事が本件土地を公売したことが原告の意向に反するとしても違法とはいえない。

よつて、本件公売処分の無効確認を求める原告の請求は理由がない。

二  本件公売処分の取消し請求

(一)  本案前の問題

まず、被告知事がした本件公売処分の取消しを求める訴えは、本件公売処分に対し訴願手続を経由していないから不適法であるという被告知事の主張について検討する。

なるほど、地方税の滞納処分については地方税法第三七三条等に定める不服申立ての手続を経なければ出訴できないのが原則である。しかしながら本件の場合、原告は、本件滞納処分着手後(公売処分着手後であるかどうかはともかくとして)しばしば被告知事に対しその手続が不当である旨を陳情しその是正方を求めたことおよび本件滞納処分に関し本件公売処分後の昭和三四年一二月一四日都議会における質問があつたことは当事者間に争いがなく、原本の存在とその成立に争いのない甲第一八号証によれば、右都議会における質問は川端文夫都議会議員が都知事および都主税局長に対して行なつたもので、その内容はきわめて具体的に本件滞納処分を不当であるとして攻撃し都知事および主税局長のこれについての見解と善処を求めたものであつたが、主税局長より、調査の結果、本件滞納処分には何ら不当な点がないという答弁がなされていることが認められる。したがつて、このような状況のもとでは原告は、さらに訴願裁決を経ても無駄であると考えるのは無理からぬことというべく、かかる場合に訴願、裁決を経なければ出訴が許されないとすることは形式的に過ぎるものというべきであり、原告が本件公売処分につき訴願裁決を経ないで出訴したことには正当な事由があるとみるのが相当であるから、被告の本案前の右抗弁は採用できない。

(二)  本案について

差押えと公売とは一個の滞納処分を構成する一連の手続であるから、差押えと公売との間には違法性の承継の問題が生じえようが、超過差押えは必要な範囲を越えて物件を差し押えたことにより違法なのであり、したがつて、徴税当局が差押物件のうち必要な範囲を越える部分について差押を解除したような場合は、残存差押えの超過差押えによる違法事由はこれにより消滅するものと解するのが相当であるから、本件の場合のように、徴税当局が滞納処分の進行をみずからその一部に限定し、差押土地の一部を分割しその一部を公売した場合は、当該公売処分が超過公売となるかどうかを分割前の土地に対する超過差押えの問題とは別個の問題として検討すれば足り、かりに差押処分が超過差押えとして取り消されるべきかしを有していたとしても、その後分割された差押土地の一部についてのみなされた公売処分の違法事由とはなりえないものと解すべきである。また、分筆が差押後になされたという事実は差押処分の違法事由となりえないこと、分筆の違法は、公売処分の対象が特定している以上、何ら公売処分を違法たらしめるものでないことはすでに述べたとおりである。

公売土地の表示、公売手続には何らの違法もなく、不当高価物件を公売に付したとか不当に低廉な価格で公売したとかいえないことも前判示のとおりである。

よつて、本件公売処分は適法というべきであり、その取消しを求める原告の請求も理由がない。

第三被告豊田に対する訴えについて

本件土地がもと原告の所有であつたこと、昭和三四年一一月三〇日被告知事がこれを公売に付し、被告豊田が落札し原告主張のような登記がなされたことは当事者間に争いがない。しかし、本件公売処分は無効でも取り消されるべきものでもないことはこれまで説明したところにより明らかである。

よつて、原告の被告豊田に対する請求も理由がない。

第四むすび

以上の理由により、原告の被告らに対する本訴請求中、被告所長に対する差押処分の取消しの請求は不適法として却下すべく同被告に対する差押処分の無効確認の請求、被告知事に対する公売処分の無効確認及び取消しの請求並びに被告豊田に対する所有権確認及び所有権取得登記の抹消登記手続を求める請求は、いずれも棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 位野木益雄 田嶋重徳 小笠原昭夫)

(別紙)

目録

東京都大田区入新井六丁目五八番の三

一、宅地 七五坪七合

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